懐かしい風景へ 深大寺城跡と水生植物園


 

深大寺城跡 

神代植物園の一部には深大寺と深大寺城跡がある。

深大寺を隔てた南側に「深大寺城跡・水生植物園」として整備されている。

お城はないが、お濠の様子など当事を垣間見ることができる。

 

誰が建てたお城なのか?

詳しくはわかっておらず武蔵七党狛江氏の築城ともいわれ、諸説ある。

戦国期、扇谷上杉氏の領で天文6年(1537年)上杉氏が死去したのち上杉朝定(当時13歳)が継いだ。

江戸城を取り戻すための基地として多摩川を挟んだ北条方の小沢城に対するこの深大寺の古城を再興。

北条氏綱は深大寺城を攻めずに上杉朝定が居城する河越城を直接攻め上杉軍は松山城に撤退したことで深大寺城は廃城。

武蔵が北条のものになりこの城は使われた形跡もなく朽ち果て廃城になったのだろう。

 

濠1

 

攻められない城

この一帯は昔、湧き上がる水のため広範囲な沼地であった。

関東平野南部、武蔵野台地の南縁辺部に位置するこの地は、南方にある野川を水濠として、三方が沼地舌状にのびた台地となっている。

盛り上がった丘陵が城郭になっていて周りは標高50メートルの崖のため攻めるのは一苦労であっただろうと想像できる。

 

一郭周辺には入り組んだ土塁や空堀などがそのまま残っている。

城跡公園の入り口から、急勾配の道を上ると、木々に囲まれた広々とした第二郭があった場所に出る。

そこにはソバ畑があり地元の小学校の子供たちが栽培研究をしている。可憐な花が満開だ。

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建物跡の石柱が置かれ、周りには木々と土塁や土橋が見て取れる。

城の入口手前であることから武士達の舎であったのだろうか。

「この石柱の集まりは武士の屋舎であろうと考えられる。一般的に戦国時代の城の建物は丸柱・板葺き屋根で、床は中心的な屋形のみにあった。」と記されていた。

深大寺1-1

深大寺3-1

二郭より土橋を入ると原生林のような主郭に入る。

原生している草木や薬草などが保存され、地形の高低差を体で感じながらゆっくり一回りすると、ここに城を築いた狛江氏の戦略をうかがえ、北条氏の軍がスル―してしまう情景が目に浮かぶ。

ベンチで一休みしていると遠くに車の喧騒が聞こえていたのに、いつの間にかポツポツとドングリの実が落ちてくる音が聞こえてくる。

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水生植物園 懐かしい風景

城跡に沿って流れる小川に向かって山を下ると、一面の沼地だった様子がうかがえる水生植物公園が広がっている。

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今の季節は田んぼの稲穂も黄金色に色づき、畦には彼岸花が咲いている。綺麗な湧き水が流れ四方に注ぎ込み、その先には菖蒲園や葦畑、スイレン、ガマの穂やネックレスなどを作った記憶のある懐かしい数珠草など、田んぼのあぜ道で遊んだ記憶が蘇る。

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大きなカナヘビがこっちを見ていたり、オオカマキリやトノサマバッタにも遭遇。

沼には亀やアメンボ、コイなども泳いで、ゆっくり眺めていると時間を忘れる。

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深大寺グルメ

ちょっとした山歩き気分を満喫して、深大寺にお参りを済ませ、小腹を満たす。

おせんべいを焼く香ばしい香りがしてくる。

深大寺山門前にある手打ちそばの嶋田家、創業150年の老舗店、江戸時代後期より五代目になる老舗。

境内周辺には20店舗余りのお蕎麦屋さんが立ち並び、どこも大勢の人で賑わっている。

水木しげるさんが調布に住んでいたことから鬼太郎の第二の故郷とゲゲゲの鬼太郎茶屋がオープン、アイスクリームやコロッケなどいただけるカフェとなっている。

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東京にあるなんて嘘のような森、神代植物公園に続き、秋散歩を満喫できるパワースポット。

 

 

 

見学時間:9:30~16:30

休園日 月曜日(祝日の場合はその翌日) 年末年始

住所 東京都調布市深大寺元町