「脳梗塞かな?」
その時は「歳のせいかなぁ」と思っていた。
座椅子からなかなか立てない、歩いていると前かがみになってしまう、というような運動機能の低下。ある晩、急に呂律が回りにくくなった(一晩で治ったので気にしなかった)という言語機能の障害。一番困ったのは、まったくやる気が起きない気分の落ち込み。
タイミングも悪かった。40年の会社員生活にピリオドを打った前後でもあったので、長年の運動不足と年齢により足腰は衰え、会社員生活を終えて気が抜け、やる気が失せたものだとばかり思っていた。
しかしある日、脱いだ靴を揃えようとして、前に倒れてしまった時はさすがに「おかしいな」と思わざるを得なかった。
少し前、呂律が回らなくなったこともあり、脳梗塞を疑い、近くの脳外科医院を受診した。
「脳に血種が」
診断結果は「慢性硬膜下血種」。
頭蓋骨と脳の間にある硬膜の下、脳の外側に血液が溜まるもので、通常は左右どちらかに発生するが、私の場合は画像のように両側に発生していた。
比較的軽微な頭部の外傷が原因となることが多く、数週間から数か月で血種が脳を圧迫し、頭痛、意識低下、歩行障害、言語障害などの症状が発症する。
徐々に出血するため、頭を打った時にはわからない。私の場合は1か月半ほど前に転んで敷石で右前頭部を打ったのが原因のようだ。コブができるレベルだったので忘れていた。中には孫に軽く叩かれたのが原因になった例もあるという。
他にも1)大酒家,2)脳に萎縮がある(頭蓋骨と脳の間に隙間が多い),3)脳梗塞の予防の薬(抗凝固剤)を飲んでいるなども原因となる場合があるという。
「即行手術」
脳外科医院から地域の大病院を紹介され、救急外来からそのまま即手術となる。手術は局所麻酔で皮膚を3~5cm切開し、頭蓋骨に穴をあけ、そこから血種内容液を除去し、生理食塩水で洗浄した後、1~2日間、細い管(ドレーン)を差し込んで血液や洗浄液を抜き取るもの。
局所麻酔なものだから、目は塞がれているものの、ほぼ手術中の意識はある。麻酔注射を打たれる時以外痛みはない。ただし頭蓋骨にドリルで穴を開けるものすごい音と振動や洗浄液が注入されたときの脳に広がるひんやりとした感覚はかなり迫るものがある。
「右終わったから次行こうかぁ」「あー(手術室が)ちらかっちゃったよ」などという執刀医の話し声も聞こえる。
手術が終わると左右の頭蓋骨にドレーン刺したままCTを撮り、ICU(集中治療室)へ。ドレーンの先には袋が固定されており、血種に残った血液や洗浄液などを溜めている(ドレナージ術)。
「劇的な病状の回復」
一日たってドレーンを抜き、傷口を縫って一般病棟へ移動する。夕方には一人で歩く許可が出た。
運動機能は健康時に戻り、やる気が起きない気分の落ち込みも嘘のように消え、すぐに行われたリハビリテストは合格。抜糸を待たずに早めの退院にこぎつけた。ちなみにリハビリテストは、結構ハードである。運動機能はいいとして、知能テストはいきなり意地悪クイズみたいのをやらされた。昔からこの手の問題は苦手なので、これにはかなりあせった。
退院後、手術前と比較すると、かなり血種が脳を圧迫していたことがわかる。やる気が出ない。出ないからずっと座椅子に座ったままである。座椅子から立ち上がるのもバランスが取れないし、歩いても前かがみになって危なっかしい。だから座ったきりになる。あぶない、あぶない。これらが一気に解消できたのである。
慢性硬膜下血種は、じりじり出血し、時間をかけて脳を圧迫する。かかりやすい年齢も50歳以上の中・高齢者が多いので歳のせいにしてしまうことが多い。軽くでも頭を打った経験があり、その後、運動機能や言語機能、やる気などに支障を感じるようになったら脳外科で診てもらうことをお勧めしたい。血種がおおきくなると、命にもかかわってくるので気を付けたい。