「湯島聖堂」は何の聖堂?


「湯島聖堂」にある世界一のモノ

 

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大成殿(上)

 

「湯島聖堂」って何?と思いながら一度も行ったことがありませんでした。

湯島聖堂は、五代将軍徳川綱吉が、儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島聖堂を創建し、上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しましたのが始まりです。その後、幕府直轄学校として、「昌平坂学問所(昌平校』」が同地に開設されました。

日本史で、江戸時代は儒学、とりわけ朱子学が盛んで、武士が勉強する場所としての「昌平校」を習いました。現在も昌平橋という地名があります。昌平というのは、孔子が生まれた村の名前で、孔子の教え、儒学を教える学校という意味で名前が付けられたそうです。古代中国の村の名前が現在の東京に残っているとは驚きです。

明治になると聖堂・学問所は新政府の所管となり、明治4年(1871)に、この場所には文部省が置かれ、我が国最初の博物館(現在の東京国立博物館)が置かれ、その後も、東京師範学校(現在の筑波大学)、東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)が置かれるというように、日本の学問の中心地だったのですね。

 

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1923年の関東大震災で、入徳門と水屋以外の建物が焼失し、現在の大成殿は、1935年に鉄筋コンクリート作りで再建。また、聖堂構内には、世界最大の孔子像(台湾の民間から寄贈)があります。聖堂敷地内は、樹木が生い茂り、都心にあるとは思えません。余談ですが、この湯島聖堂は、その趣きからか、TVドラマの「西遊記」(1978年、2006年)のロケにも利用されたそうです。

 

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さて、湯島聖堂を訪問し、付近を歩いていて、なんだか妙な気分になりました。湯島聖堂は、御茶ノ水駅から聖橋を渡ってすぐにあるのですが、住所は文京区湯島です。そのほぼ真北に位置する神田明神は千代田区外神田です。東京の地理や駅の所在地を考えると不思議な気分なのです。千代田区は、ほぼ江戸城(現皇居)の外堀の範囲です。外堀の北側は神田川のはずですが、神田明神のあたりは神田川より北にあります。

思わず調べてしまいました。神田明神のあるあたりは、江戸時代の神田川の付け替えで分離されて、江戸城との間に川を挟む形となり、そのため神田の北部は外神田と呼ばれるようになったそうです。そして、湯島聖堂のある場所は、文京区の南東の先端が突き出た場所だったのです。湯島聖堂は湯島になければおかしいですものね。ちなみに、昌平橋は千代田区です。東京、江戸も歩いてみると、何かとおもしろいですね。「こちずぶらり」(アプリ)も大活躍です。

この散歩の続きは、また書かせていただきます。

 

*編集部:下記のリンクも活用ください。

湯島聖堂

神田明神

こちずぶらり