チャレンジひとりドライブ

第十二回「合掌造りは火薬工場だった・・・世界遺産 五箇山合掌造り集落」


切り立った谷あいの国道を走りながら、「あんまり山が物凄いので連れていた猟犬たちがめまいを起こして泡を吐いた」という宮沢賢治の『注文の多い料理店』の一節を思い出した。

それくらい圧倒される深い山麓のわずかな平地に掌を合わせたような急勾配の茅葺屋根が静かにたたずんでいる。これが越中五箇山である。

 

五箇山を最初に知ったのは、川崎市にある日本民家園だった。ここには合掌造りの建物を集めた一画がある。飛騨白川郷の建物が一棟、越中五箇山の建物が三棟あり、姿といい大きさといい、独特の存在感がある。

その中でも「山田家住宅(県重要文化財)」に興味を持った。とくにその歴史がである。

 

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蓮如上人が泊まったという言い伝えを持つ山田家住宅は、五箇山の桂という集落から移築されたのであるが、桂はその後解村し、現在はダム湖に沈んでいるという。

庄川流域の五箇山は険しい谷間に集落が散在していたが、昭和40年代に入り徐々にその姿を消していった。桂集落もその一つであり、1970年(昭和45年)11月、最後の2家族が去り、800年といわれる歴史を閉じた。800年である。

耕作地もままならない秘境の地で、人々はこれだけの長い年月をどのように生きてきたのだろうか。

世界遺産となった今でも、五箇山は昔と変わらない風情を残すという。

五箇山を訪れ、その歴史の一端に触れてみることにした。

 

五箇山への道

東海北陸自動車道ができたので、五箇山へのアプローチは飛躍的に楽になった。とはいえ東京から向かうには高速道路で一本というわけにはいかない。

中央高速を松本で降りて158号線を高山に向かう。つまり北アルプス越えである。

険しい信州と奥飛騨の谷間を行くワインディングロードの連続はちょっと緊張する。

雄大な北アルプスを越え、高山を経て東海北陸自動車道の飛騨清見ICに着く。松本から約2時間の距離。山岳地帯で景色は絶景だ。

梅雨時期でもあり、天気は降ったり止んだり。濡れた路面は注意が必要。

飛騨清見ICから五箇山ICは30分ほどだが山岳部を貫いたため長いトンネルが多い高速道路だ。

タイヤはいつものようにチェックを念入りにしてある。長い行程だったが足回りへの安心感は疲れを軽減してくれる。

 

五箇山・菅沼集落

五箇山ICを降りて国道を行くと眼下に合掌造りが並ぶこじんまりとした集落が目に入る。世界遺産五箇山合掌造り集落の一つ、菅沼集落だ。

合掌造りの家屋が九棟集まっている。

 

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この集落には五箇山民俗館という合掌造りの歴史や知恵、生活などを紹介する資料館がある。ここで話を聞くと合掌造りというのが極めて合理的な建物であることがわかる。

豪雪という環境とむやみに家屋を増やすことができないほど狭い土地で、屋内を出来うる限り有効活用するために多層建築建物として発達したのが合掌造りだ。叉首(さす)構造の切妻造り屋根とした茅葺きの家屋が特徴で、白川郷と五箇山地方のみに存在するらしい。

上層階では養蚕が行なわれ、春遅い五箇山でも階下の炉の暖が上階の繭床を暖めた。耕作に不向きな土地であるため養蚕が盛んに行なわれたということだった。

 

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火薬製造の科学工場でもあった

この民俗館に付属して「塩硝の館」という資料館がある。塩硝(煙硝)とは硝酸カリウムでのことで火薬の元である。

五箇山では囲炉裏の床下に穴を掘り、蚕の糞やよもぎ、そば殻、麻の葉などを何層にも積み重ね自然発酵させ塩硝を生産していた。

 

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(囲炉裏床下の断面 菅沼塩硝の館)

浄土真宗の信仰が厚いこの地では、戦国期は石山本願寺に塩硝を送っていた。

江戸時代に入ってからは加賀藩に納め、藩も塩硝の製造を奨励し米による年貢を免除したという。五箇山は秘境の地であり、幕府に隠れて塩硝を生産するには都合が良かったのだという。

狭い土地で桑を育て、蚕から絹糸をつくり、その排泄物から塩硝を作り出すというリサイクルを取り入れた生産スタイルが合掌造りの中にあるもう一つの顔であった。

冬期には和紙の製造が行なわれ、これも加賀藩に納められていた。

生糸、塩硝、和紙が五箇山を支えた産業であり、耕作地の少ない土地でありながら、人々が長い歴史を生きることができた理由であった。

しかし明治に入り、加賀藩の消滅や安価なチリ硝石の輸入が始まると五箇山の産業は大きな痛手を受けることになる。

 

民謡の宝庫。五箇山

もう一つの集落、相倉に向かう途中、国の指定重要文化財である村上家に寄ることにした。

天正年間に建設されたといわれ、となると築400年以上となる。

村上家は大変に大きな合掌造りで、戦国時代の武家造りから書院造りに移行する過渡期の様子を見ることが出来る。

またここでは、五箇山が民謡の宝庫であることもうかがうことができた。五箇山には平家の隠れ里伝説があり、昔の栄華を偲んで歌い踊ったものが伝えられているという。

有名な「こきりこ唄」も五箇山の民謡。室町時代に放下僧と呼ばれた芸能者の田楽の流れを引くと伝えられている。「こきりこ唄」は無形文化財に指定されている。

村上家の当主、村上忠兵衛さんに「こきりこ唄」をきかせていただいた。

 

 

五箇山の生活

何百年の歴史の中で、産業も生活様式も大きな変化の波を受けた五箇山だが、山間の厳しい環境は変わらず、いまだにスーパーマーケットやコンビニとてないのも五箇山である。

しかし、それと「豊かさ」はどうも別物ではないか、という認識をしたのも今回の五箇山であった。

知り合いから、若い頃に東京から五箇山に移り住んだご夫婦を紹介してもらい、訪ねてみることにした。

東京生まれの土屋裕さんと宣子さんは23年前に五箇山に移り住んだ。東京での多忙な毎日に裕さんが体を壊したのがきっかけという。

裕さんはこちらに仕事を見つけ、宣子さんも今は和紙の工房で五箇山の伝統を受け継いでいる。

のんびり暮らそうと移ってきたのだが、冬は積雪が3mにもなる五箇山では大きな間違いであったらしい。それでも東京に戻るつもりはないという。

合掌造りを今風にアレンジしたような自宅の周りでは熊を初めカモシカ、イノシシ、猿などあらゆる野生動に出会うという。

「いざとなれば自給自足すればいいんです。五箇山は豊かだから」と裕さんが言った。

 

「豊かな」食

土屋さんご夫婦と食事をすることにした。お店は道の駅上平ささら館にある「五箇山旬菜工房いわな」。

ここで初めて生のイワナ(岩魚)を味わった。イワナのにぎりとイワナのそろばん(刺身)である。

 

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イワナ以外にも五箇山豆腐(チーズのように固い豆腐)、とち餅、山菜、そば等々豊富なメニューがある。聞けば五箇山には熊料理の店もあるという。

裕さんの言った「五箇山の豊かさ」は少なくとも食べ物の面では大いに納得ができた。

 

ダム湖に消えた桂集落

今回の旅のきっかけとなった日本民家園に移築された山田家合掌造りの故郷、桂である。

桂は庄川支流の境川を遡った飛騨と接する山奥にあった。尾根を越えれば隣には加須良集落があり、互いに越中桂(かつら)、飛騨加須良(かずら)と呼び合い、助け合っていたという。

加須良集落は1967年(昭和42年)廃村となっている。

 

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(在りし日の桂集落  写真:柴田英司)

桂集落が解村した昭和45年に同じ五箇山の菅沼集落と相倉集落が国の史跡となる。後に世界遺産となったのは考え深い。

桂集落に関しては、廃村までの4年間、村立赤尾小学校桂分校で教鞭をとられていた寺崎満雄氏の「さよなら、桂(桂書房)」および柴田英司氏の写真集「愛しの合掌集落(桂書房)」に詳しく記録されている。

「さよなら、桂」には、想像を絶する冬の厳しさや辺境の苦労が記されていると同時に人々の穏やかさや質素ながらも生き生きとした生活風景が語られている。

国道を白川郷方面に戻り西赤尾町を右に入ると今はダム湖となった桂への道が続く。

昭和45年頃は境川沿いを行く林道のみで冬は雪に閉ざされ雪崩の危険も多かったそうだが、今は立派なトンネルが通じており気持ちのよい舗装路になっている。

ダム建設のために作られたのだろうが、もしこの道があったら桂集落も世界遺産になっていたのかもしれない。

 

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写真集で見た桂の山並みは変わることなく目の前にあった。ただ、谷あいに合掌造りの集落は無く、水面が一面にひろがっているだけだ。

右岸には合掌造りを模したレジャーセンターが建ち、きれいに整備されている。

湖を前に「さよなら、桂」の本を取り出し桂分校の閉校式を書いたページを開いた。桂分校の最後の二人の生徒が閉校式に歌った歌が書かれている。

胸にこみ上げてくるものがあった。

 

桂よ さよなら
わらび うどよ くぐみ ぜんまい
さよなら 桂よ
桂よ さよなら
あけび ぶどう くるみ なめこ
さよなら 桂よ

 

(桂分校の閉校式の映像が保存されていた。桂集落も垣間見ることができる。こちらをクリック)

 

タイヤ1

 

文 岡よしみ

取材協力

川崎市立日本民家園 川崎市多摩区枡形7-1-1 電話044-922-2181

五箇山民俗館 富山県南砺市菅沼436   電話0763-67-3652

国指定重要文化財 村上家 富山県南砺市上梨742 電話0763-66-2711

富山映像センター 富山市舟橋喜多町7-1 電話076-441-8454

旬菜工房いわな 富山県南砺市西赤尾 電話0763-67-3267

 

参考文献

「さよなら、桂」(桂書房)寺崎満雄

「愛しの合掌集落」(桂書房)柴田英司