チャレンジひとりドライブ

第十一回「遠野物語の世界に行きたい」


不思議の里。遠野

座敷わらし、河童、雪女、猿や狼の経立(ふったち)、山男、山女、ヤマハハ(山姥)、オシラサマ、オクナイサマ、神隠し等々、『遠野物語』には妖怪や神様、様々な怪異現象が次々と登場する。

民話や伝承話が好きなこともあって、この本はかなり前に読んだのだが、その時に強烈な印象を受けた。生々しく、物悲しく、残酷なのだが、妙に魅かれるのである。

『遠野物語』は、岩手県遠野の文学青年、佐々木喜善(きぜん)が1909年(明治42年)柳田國男を訪ね、故郷に伝わる民話、寓話を話したものを柳田が記録し、翌1910年(明治43年)に出版された。

その初版序文には、これらの話は遠い昔話ではなく「目前の出来事」であり、「現在の事実」とあり、「平地人(都会人)を戦慄せしめよ(心底こわがらせ、めざめさせよ)」と書かれている。

柳田國男は農商務省の官僚であると同時に詩人、文学者であった。その感性が多分に遠野物語に滲んでいるのだろう。だからこそリアルに迫ってくるのかもしれない。柳田自身はこれ以降文学から民俗学へ軸を変えていったという。

それにしても遠野物語は異彩を放っている。このチャレンジドライブシリーズでも、その地にあった生活風土を探り、伝承、民話に触れてきた。

しかし、このように生々しく、物悲しく、残酷なものはあまりなかったように思う。

怪異な逸話に彩られた遠野の地はどんな風景で迎えてくれるだろうか。

 

シリーズ最長距離。片道530kmの旅

郡山から先はまだ行ったことがない。このように初めての道で、しかも長距離の場合は、とにかく疲れないことに気をつけたい。

日頃のクルマやタイヤの点検は重要だ。アライメントの狂いやタイヤの装着位置の微妙なズレなども車体の振動を生み疲れの原因になる。日頃からタイヤ館などの専門店で点検サービスを利用しておくのが良い。タイヤ購入時に疲れにくいタイヤを選ぶことも考えたい。

走り始めたら、休憩をこまめにとるのはもちろんだ。100kmに一回は休息をすることにしているので、今回は5ヶ所のSA休憩となった。

東北自動車道を北上江釣子ICで降り107号線から釜石自動車道に入る。河童が住むという猿ヶ石川沿いを行くと遠野の街並みが見えてくる。

 

まずは遠野の博物館へ

遠野物語は119の話が収められている。遠野物語を生んだ遠野という土地を知るため、まず遠野市立博物館を目指した。

博物館は遠野物語の背景となる遠野の歴史、風土をわかりやすく紹介している。

 

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資料を閲覧しているうちに遠野物語に漂う不思議の理由の一つに気がついた。「山」である。

展示では「山は暮らしの場であると同時に、神や獣が棲む異郷と考えられてきた」とある。確かに山男、山女、猟師が山で遭遇した不思議な話、神隠しに遭い、山で暮らした話など遠野物語は山、もしくは山にまつわる話が多い。

まず遠野の四方を囲むように広がる山にまつわる物語の面影を訪ねることにした。

 

佐々木トヨの話

最初に遠野物語を読んで強く心に残っていたのは猟師が山女を撃ち殺してしまう話である。

 

佐々木嘉兵衛が若い頃猟をしに山奥へ入ったところ、岩の上に美しい山女がいた。嘉兵衛は山女を撃ち、その髪を少しだけ切り取って持ち帰ろうとしたが、急に眠くなり転寝(うたたね)をすると山男がその髪を取り返し去っていった。

(3話 山女の黒髪)

 

遠野物語の特徴は登場する人物が実在したことである。この佐々木嘉兵衛も実在し、撃たれた山女はトヨと言って佐々木喜善の大叔母にあたる人物である。

トヨは嫁いでいたが精神を患ったため実家に戻り、後に山に入り(山の中で生活して)この事故に会った。

佐々木嘉兵衛は土淵村和野の人で山へ仲間と猟に行き、たまたま出会ったトヨへからかい半分に猟銃を向けた、というのが真相らしい。

現在も、嘉兵衛が自宅の敷地に建てたというトヨの供養碑が残っていた。

 

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佐々木嘉兵衛やトヨは遠野物語の他の話にも何度か登場する。

 

山人とは

遠野物語には山人もしくは山に女性が入り神隠しに会う話が多い。

 

猟師が山で一人の女に出会った。それは長いこと行方不明だった長者の娘だった。山男にさらわれて山に住むようになった。ここで会ったことは誰にも話してはいけないと言われ恐ろしくなった猟師は里に逃げ帰った。

(6話 さらわれた娘(青笹村))

 

柳田國男は昭和10年頃まで山人社会論を考えていた。山人は縄文人の末裔であり、弥生農耕人に追われ山に入ったとしている。

ロマンのある話だが遠野を初めとする北上山地の民族研究者である菊池照男氏は著書『山深き遠野の里を物語りせよ』の中で山人に関して2つの説を唱えている。

一つは鉱山師(山師)である。遠野は北上山地の金山地帯における十字路的な位置にあり、鉱山師達が住み、行き来していた。これが山人となったというもの。

もう一つは木地師である。このシリーズの第三回「地方の博物館を見に行きたい」でも触れたが木地師(木地屋)は山奥に住み椀などを作った人々である。

 

その家の妻が山に入ったところ、大きな屋敷と置かれている立派な器を見つけたが恐ろしくなって逃げ帰った。別の日に洗い物をしていると川上から立派な椀が流れてきた。これで米や麦を計り始めると米や麦がいつまでたってもなくならない。ついにはこの家は長者になった。

(63話 マヨイガ(三浦家の話))

 

山奥の木地師の集落とマヨイガ(山奥の幻の豪家)とは符合するものがある。

 

山に入った女性達

なぜ女性達は異界である山に入ったのだろう。これも謎であった。

菊池氏によると「山は女のかけこみ寺」であったという。なんらかの理由で家に戻れなくなったり、嫁に行っても想像を絶するつらい労働と人間関係から家を出る者は山に入ったのだ。

当時の山はブナで森であり、実に豊かだった。山に実りの無い季節は、こっそり里に下りて畑の麦や米で飢えがしのげた。

冒頭で触れた佐々木トヨも実家に戻った後、病気になり、一度間違って埋葬されてしまった。生き返ってはみたものの、家には土地の掟で戻ることが出来ず山に入ったらしい。

トヨが潜んでいたという笛吹峠に行って見た。

 

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豊かだったとはいえ、この森がかけこみ寺だったとは、女達にとっても悲しい歴史である。

 

河童、座敷わらし、数々の妖怪

遠野物語で一般に知られているのは河童や座敷わらしかもしれない。河童淵に行ってみた。

 

子供が馬を冷やしに川辺の淵に行ったが、馬をそのままにして遊びにいってしまった。そこに河童が出てきて馬を淵に引きずり込もうとした。馬が騒ぐので家人が出てみると馬槽(うまふね=かいばおけ)に河童が隠れているので捕まえた。命乞いをする河童を許してやった。

(58話 姥子淵の河童)

 

柳田國男は河童とは猿であると解釈している(『山島民譚集』大正3年刊)。さらに佐々木喜善はその河童が座敷に上がりこんだものを座敷わらしであるとしている(『奥州のザシキワラシの話』大正9年刊)。

同じ話の地元バージョンとしては、河童とは淵猿であり、その淵猿が馬に悪さして人に捕まり、座敷に上がって「この家を長者にする」と命乞いをしたというものがある。

 

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そういえば遠野の河童の顔は日本の他の地域が青いのに対し赤いというのもこの説を裏付けているような気がする。

 

おしらさま

この河童淵の近くに伝承園という郷土博物館がある。そこにオシラサマが展示されているというので寄って見ることにした。

オシラサマは神様である。悲しい逸話がある。

 

馬好きの大変美しい娘が馬と夫婦になってしまった。それを父親が憎らしく思い馬を桑の木に吊るしてしまった。馬は娘を乗せて天に昇っていった。これがオシラサマという神様になった。

(69話 オシラサマの始まり)

 

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(写真提供:遠野市観光協会、遠野市)

オシラサマは蚕の神、農業の神、馬の神などとも言われている。

伝承園には佐々木喜善記念館がある。日本のグリムとも言われている佐々木喜善がこれだけの膨大な伝承を収集したのにはどういう背景があったのであろう。遠野をあちこち見聞きすることで佐々木喜善という人物に興味が出てきた。

 

遠野物語を生んだ土淵村山口

土淵村山口(現土淵町山口)に佐々木喜善は生まれ、生涯を暮らした。

山口村は、釜石に続く境木峠への大動脈であり、行き交う人々による文化と情報の集積地でもあった。今でこそ遠野の奥座敷と言われるが、昔は玄関口としての機能があったわけである。

踊りや語りの芸を持つ人々も多く行き来し、そういう情報と発信の強い影響を受けたのが山口である。

話の構成と脚色と話術の影響を受けた山口の人々が遠野の出来事を集め、語りとして発信拠点になったのは想像するに難くない。

山口の佐々木喜善が収集し、柳田國男が刊行することで、日本の他の地域では薄れるだろう伝承が残り、三島由紀夫や吉本隆明などにも大きな影響を与えることになった。

 

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山口には、ダンノハナやデンデラ野(蓮台野)が残っている。ダンノハナというのは境の神を祀る小さな祠がある場所(現在は共同墓地)で、それと対をなして位置するデンデラ野は60歳を越えた老人の姥捨ての地であったという(上写真)。今もその風景は変わらない。

遠野物語は不可思議でありながら悲しく、時には残酷な話が多い。

自然や古来信仰、異形なものへの畏怖だけではなく、閉ざされた日本の里では、そういう思念が満ちていたのかもしれない。

昔栄えた山口も、今はどこかさびしげな風情を漂わせていた。

 

遠野はジンギスカンが名物

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意外だったのだが、遠野ではジンギスカンが有名らしい。老舗のジンギスカン店「あんべ」の初代が昭和30年頃から広めたとのこと。

お店は住宅街の中にあり、ちょっとわかりにくいかもしれない。ちなみに肉はジューシーでタレがとても美味しく、品のいい味である。遠野を訪れたらぜひ立ち寄りたい。

 

さらに不思議さが増した里、遠野

博物館や物語の舞台となった地をめぐり、遠野物語の謎に満ちた世界の背景を少し知ることができたが、訪れる前の霧がたちこめたような遠野のイメージが晴れることは無かった。理屈ではわかってもそれだけでは割り切れない不可思議さはもっと増してしまった。

『遠野物語』は今でも研究者、専門家達の研究対象となっている。文学的アプローチから日本形成論といった歴史論、社会論にまで取り上げられている。

そういった難しい話は専門家に任せるとして、遠野物語の里は昔の風情をそのままにして、女たちの悲しみを包み込んだ深い山々が今も遠野を見下ろしていた。

透き通るような風景が心に残る旅であった。

 

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文 岡よしみ

取材協力

遠野市立博物館 岩手県遠野市東館町3-9 電話0298-62-2340

とおの物語の館 岩手県遠野市中央通り2番11号 電話0198-62-7887

遠野市観光協会 岩手県新穀町5-8 電話0198-62-1333

伝承園     岩手県遠野市土淵町土淵6地割5-1 電話0198-62-8655

有限会社安部商店 岩手県遠野市早瀬町2-4-12 電話1198-62-4077

 

参考資料

新版遠野物語 柳田國男著 角川文庫

口語訳遠野物語 柳田國男著 佐藤誠輔役 河出書房新社

山島民譚集 柳田國男著 東洋文庫

山深き遠野の里を物語りせよ 菊池照雄著 新泉社