チャレンジひとりドライブ

第五回「江戸の名残と昭和モダンの建物を残す信州渋温泉」


名湯、秘湯、数ある中で、なぜ渋温泉なのか

以前から気になる温泉宿があり、いつかは行ってみたいと思っていた。

長野県渋温泉「金具屋」がそれ。

スタジオジブリの作品「千と千尋の神隠し」に出てくる「油屋」のような建物として話題になったといえばご存知の方もいるのではないだろうか。

金具屋の創業は1758年(宝暦8年)で、話題の建物は昭和11年に建てられた木造4階建ての「斉月楼」。国の登録有形文化財に指定されているが、今でも現役で営業している。

これだけでも訪れる価値は十分あるのだが、ガイドマップを見ていて興味深いことに気が付いた。

渋温泉は草津と善光寺を結んだ旧街道である草津街道沿いに共同浴場がいくつもあり、それを囲むように湯宿が建つ。湯宿の間には料理屋、射的場(昔は矢場)が並び、小高い場所には温泉薬師や温泉神社が奉られている。

つまり江戸時代に形成、発展した温泉宿場そのままの街の構造を残している。

これは、温泉宿場の原風景に出会えるかもしれない。

期待を膨らませつつ、今回は信州へひとりドライブ。

 

晩秋を堪能するドライブ

信州渋温泉はスキーで名高い志賀高原の玄関に位置し、秋も深くなれば降雪もあるらしい。

やはりスタッドレスタイヤに履き替えた方がいいのだろうか。決めかねて宿に電話したところ、まだ二週間は大丈夫でしょうとのこと。よし、ここはレグノで深まる秋を堪能しよう。

行きは中央高速から上越自動車道へ入ることにした。山沿いを行くことで季節が木々を染めていく様子を楽しめる。

南アルプス、八ヶ岳、北アルプスを仰ぎつつ、上信越自動車道に入ると、パッチワークのように色付いた深山、里山が目の前に迫ってくる。

信州中野ICを降りて、志賀・草津方面にしばらく走ると湯田中渋温泉郷に入る。すぐ先は、志賀高原だ。

宿に駐車場のような広い土地はなく、少し奥まった川沿いに車を停める。街は木造の建物が多くビルはほとんどない。

 

時間が止まっているような渋温泉

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街は、クルマがやっと一台通れるぐらいのメインストリート(旧街道)を挟んで、共同浴場や木造の宿がならび、宿場の風景だ。

飛騨高山や大内宿のように建物の景観が保全されているわけではないが、整然としていないからこそ現役として機能している街の営みが感じられる。

渋温泉は1,300年前に行基上人が開湯したといわれている。

戦国期には武田信玄の隠し湯となり、川中島の戦いで負傷した武将に重宝された。街の外れには信玄寄進による温泉寺が建っている。

江戸期になると草津帰りの仕上げ湯として栄えることになる。

通りにたたずむと、善光寺詣でや草津帰りの旅人。行き交う荷駄。宿の客寄せの声が今にも聞こえてきそうな風情が感じられる。

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引き戸の玄関に上がり框(かまち)。二階は少し通りにせり出した客室という昔ながらの造りの宿が多い。

 

九湯巡り

江戸期の温泉宿場は源泉付近に共同浴場を建てるのだが、渋温泉にも9つの共同浴場(外湯)が今も並んでいる。

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もちろん湯は源泉かけ流しで、57度と高温。熱いので注意、と書いてあり好みの温度に調整し入浴する。

それぞれの湯には特徴があり、硫黄の香りが強いところ、濁っているところ、さらっとしているところなど入り口説明書きで効能をチェックできる。

一番湯から九番湯を回り、最後に高薬師で手拭にスタンプを押すと満願成就、苦(九)労を流すことができるそうだ。

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大正ロマン、昭和モダンの金具屋

さて、金具屋である。

前身は草津街道を行き交う荷馬の馬具や蹄鉄を作る鍛冶屋であったが、1754年 (宝暦4年)に山崩れで渋温泉が大きな被害を受けた際、敷地より温泉が湧き出したため宿屋を開業した。

「金具屋」という屋号は、もとの生業にちなんで松代藩主から命名されたという。

メインストリートの中ほどに位置する意匠を凝らした建物は、やはり「千と千尋の神隠し」の「油屋」をイメージしてしまう。

もっとも、金具屋の九代目、西山和樹さんによれば、スタジオジブリが取材に訪れたことはないとのこと。ただ世界観としては共通なところがあるのではないかと指摘している。

昭和初期、金具屋六代目は豪華で誰もが驚くような旅館を造るため、宮大工を連れて全国を回った。当時は、建物でも工芸品でも、西洋の文化と伝統的な日本文化が融合し、鮮やかで華やかな、ある意味では庶民好みの派手なものが作られた時代でもあった。

この時の六代目のねらいと、湯婆婆が建てそうな湯宿「油屋」を宮崎駿監督が発想したときのアプローチが似ていたのではないかと西山さんは推測する。

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確かに斉月楼の建てられた昭和11年は、昭和モダン最後の時期である。

大正ロマンの流れをくむ昭和モダンは、伝統的な日本文化の中に西洋の影響を組み入れつつ、大衆に支持される特異な文化を形成した。いわば和洋折衷のモダン大衆文化である。

伝統の担い手であった宮大工が自由かつ遊び心を解き放ったのが斉月楼であった。

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特徴的なのは、館内を街に見立てるという考え方で、たとえば斉月楼から居人荘へと続く通路は天井が濃紺に塗られており両側には庇(ひさし)が突き出している。つまり夜の繁華街を歩いている雰囲気が味わえる演出なのだ。

80年前には実際に売店だったそうである。今でこそショッピングモールなどで見かけるが、当時としては斬新な発想だったのではないだろうか。

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窓や壁、階段の手すり、床に至るまで趣向が凝らされ、番傘を模したり水車小屋の廃材がそのままデザインとなっている。

各客室にも特徴的な工夫が施され、同じデザインの部屋はない。

宮大工達は、普段、神社建築では出来ない創意工夫をおおいに発揮したようだ。

 

これはきっとまた来るだろうと予感させる経験だった

おもしろくて、うきうきして、しかもゆったりとくつろげる宿に出会えた。

「金具屋」は単なるレトロではなく、人間味あふれるモダンさが魅力であり、それが時を隔てても変わらず我々を楽しませてくれるということなのだろう。

おまけに渋温泉という温泉宿場の原風景にも出会えた。

ちょっと先には、雪が降るとサルが湯治に来る(サル専用の)露天風呂があるらしい。温泉に入るおサルさんにも会いたい。

銀世界の渋温泉も魅力的だろう。次こそはブリザックの出番になりそうだ。

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雪が降ったらまた来るからねと、木の上で柿を食べているおサルさんに約束して帰路に着いた。

走行距離約700kmの大満足な旅であった。

 

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文 岡よしみ

取材協力、画像提供

渋温泉金具屋 電話0269-33-3131 http://www.kanaguya.com/

渋温泉旅館組合 電話0269-33-2921 http://www.shibuonsen.net/